日本の歴史・文化に詳しくなれるサイト
島国であるがゆえに、近隣諸国とも独特の関係を構築してきた日本の歴史は、大変興味深いものです。その歴史の中で、日本の文化は中国の影響を大いに受けながら、独自性を醸成させてきました。
このブログが、日本の歴史と文化についての知識を深め、より詳しくなる助けになれば幸いです。
日本史に残るミステリー
3 Jul 2021
日本史を学ぶことは我々日本人がいかにして暮らし、人生を歩んできたのかを理解する貴重な方法の一つです。そんな日本史の中には、今でも謎とされている興味深いミステリーがあるのです。
日本語のルーツとその歴史
27 May 2021
普段私たちが当たり前のように使っている日本語は、世界で最も習得が困難な言語として、他の言語と類似点が少ないとも言われています。そんな日本語はどこから来たのでしょうか。
日本とギャンブルの歴史
24 Dec 2020
komaruyaでは、日本の歴史と文化に関するあらゆる情報を発信しているブログサイトです。島国であるがゆえに、近隣諸国とも独特の関係を構築してきた日本の歴史は、大変興味深いものです。その歴史の中で、日本の文化は中国の影響を大いに受けながら、独自性を醸成させてきました。文字や、着物、政治など色々影響を受けたものの中から、今日は日本のギャンブルの歴史について触れたいと思います。
ご存知ではない方の為の情報として、 「日本においては刑法185条から187条において賭博及び富くじに関する罪が規定されており、違反者には刑罰が科せられる。一方で、競馬、競艇、競輪、オートレースといった公営競技や、宝くじ、スポーツ振興くじに関しては特別法によって公営でのギャンブルが認められている。」
ということなのですが、日本にもラスベガスのようなギャンブル施設が、江戸時代に存在していたのです。意外なのですがその中心にあったのは神社仏閣で、金刀比羅宮や出雲大社などの有名な神社周りが活発だったそうです。金刀比羅宮では、参拝客を長く居てもらおうと、芝居興行がおこなわれていたり、富突(宝くじ、おみくじ)をさせたり。 出雲大社も負けずに富突と相撲興行で盛り上げ、さらに名料理、名産品の店、そして大人の遊びができる花街や茶屋なども門前町にあり、まるで娯楽の極めラスベガスのような感じだったのでしょう。 観光客はここに長く宿泊して、娯楽を満喫したというのです。 こうした施設が併設されたことが、金刀比羅宮や出雲大社の繁栄につながったとも言っても過言ではないのでしょう。
そもそも、日本におけるギャンブルの歴史は非常に古く、西暦685年、当時の天武天皇が賭博を見物していたと日本書記に記されています。 この時代の賭博というのは、盤双六(ばんすごろく)と呼ばれる物で非常に流行ったそうです。スゴロクってこんな昔からあったんですね。 遊び方は現代で言うバックギャモンに近いゲームで、盤上に配置された双方15個の石をどちらが先に全てゴールさせることができるかサイコロを使って競うものでした。そしてこの当時にサイコロやすごろく、囲碁などが中国からもたらされたそうです。
こう聞くと日本の賭博というのはかなり文化的なものに捉えられる気がします。昨年末、カジノ法案が衆議院を通過しました。捉え方次第ではこのカジノ法案(詳しい情報はこちらのオンラインカジノサイトをチェック)というのは伝統的に景気を回復させることに近いのではないのでしょうか。
日本人はどこから来たのか
22 Nov 2020
歴史書によると日本人の起源は、中国大陸から朝鮮半島を経由して渡ってきた渡来人であるという説が一般的であるようですが、果たして日本人の起源は本当にそこにあるのでしょうか。
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